こころと身体のマリアージュ ~潜在意識を育てて人生を開花させる方法~

名古屋で量子場調整・量子場観察術を行っている量子場調整師です。

毎日を生き切っていますか?

金曜日の夜、

保育園~中学まで一緒だった同級生の訃報が入り

土日は葬儀参列のため、帰省しておりました。

 

ちょうど3週間前に帰省した時はまだ蕾だった庭の桜は

すっかり葉桜になっており、

時折 4月だと言うのに雪も降る天候。

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田舎の小さな学区だったので、

私たちは保育園~小学校6年生まで

ずっと同じ一つのクラスで過ごしました。

 

みんなが兄弟のような、大切な仲間です。

 

彼女に最後に会ったのは、2年前の同窓会でした。

そのすぐ後 彼女に卵巣がんが発覚し、

それから2年の間、闘病生活を送っていたそうです。

 

でも、友人たちには誰にも病気のことを知らせず、

最後の2か月は病院から自宅に戻り、

最愛の旦那様と愛犬と、「普通の生活」を送っていたとのこと。

 

最後まで

「病人の私」ではなく

「普通の私」として生活をすることを希望し、

でもその間に、遺影用の写真を自分で用意したり

遺言状に「密葬にしてほしい」などと書き残していたそうです。

 

 

人は、死にます。

老 病 死 からは逃れられない。

それは、変えられない現実。

 

 

実家に帰省する高速バスの中で

一人「明日死ぬとしたら、何か後悔はないだろうか?」と

考えていました。

 

彼女は死までの2年間のタイムリミットの中

少しずつ旅立つ準備を整え

特別な事ではなく、「家族と過ごす普通の日々」を一番望み

そしてそれを丁寧に叶えて、逝きました。

 

 

 

5年前に愛する父が亡くなったのですが、

息を引き取る前日、

私は「家族で写真を撮ろう」と思っていました。

でもその日、父は病院から自宅に戻ったばかりで

ひどく疲れた様子だったので

「明日撮ればいいか」と思い、カメラをバッグにしまいました。

 

その夜は、父のベッドの下で眠り、

夜中に何度も起きては、母と交代で父の身体をマッサージしました。

 

まだあと2~3日は一緒に過ごせるだろう、と考えていたのに

そのまま朝を待たずに、父は息を引き取りました。

 

たった1枚の写真を、なぜ撮らなかったのだろう。

 

私は、後悔してもしきれないほど、愚かな自分の判断を責めました。

 

「明日でいいや」

「今度また別の機会に」

なんて思っている時ほど、

その「今度」はやって来ないのです。

 

それ以降 私は、

「また今度」は言わないようになりました。

 

「もしこのまま、もう会えなかったとしたら?」

「もし次のチャンスが永遠にめぐって来ないとしたら?」

と考えた時、

「それは絶対に嫌だ」「きっと後悔するだろう」

と思うことは、可能な限りすぐに行動に移すようにしています。

 

 

毎日を、きちんと生き切る。

自分のミッションを全うする。

大げさな事でなくてもいい。

小さなことも丁寧に全うして、自分の人生を積み上げていく。

 そこに後悔はない。

 

 

あなたは明日死ぬとしたら、後悔することはありませんか?